はじめに
パソコンやサーバの廃棄において広く用いられているハードディスクの物理破壊。
記録媒体そのものを壊して読み取りを困難にするという単純明快な方法で、破壊したことを目視で確認できるため、確実な廃棄が求められる環境でも広く利用されています。
しかし、ここで一つ疑問が生じます。
穿孔などによる物理破壊は、データそのものを消去しているわけではありません。プラッタに穴を開けて変形させても、破壊されていない部分には磁気情報がそのまま残っています。
それでは、「データが残っているなら、特殊な技術を使えば復旧できるのではないか?」と思われる方もいるでしょう。
果たして、物理破壊したハードディスクからデータを復旧することは可能なのでしょうか。
まず、結論からお伝えします。
結論:穿孔などによってプラッタが大きく変形・損傷したHDDから、実用的な方法で元のデータを復旧することは極めて困難です。
データそのものが消えているわけではないのに、なぜ復旧することが難しいのでしょうか。
その理由を、ハードディスクの構造から説明します。
物理破壊とはどのようなものか?
「物理破壊」といっても、さまざまな方法があります。代表的なのは、当社のSTORAGE PUNCHERなどのHDD物理破壊装置や、ドリルなどを使用してプラッタを穿孔・変形させる方法です。ほかにも、専用の破砕機を使用して記録媒体を細かな破片にする方法などがあります。ここでは、プラッタ(データを記録する円盤)に4か所の穴を開け、同時にプラッタを変形させたHDDを例として説明します。
なお、「物理破壊」とよく似た言葉に「物理障害」があります。物理障害とは、衝撃、電気的な故障、経年劣化などによってHDDが正常に動作しなくなった状態を指します。意図的に記録媒体を破壊する「物理破壊」とは意味が異なります。
ハードディスクの構造
通常のデータ復旧では、故障したHDDの磁気ヘッドや基板などを修理・交換し、可能な限りHDDを正常に近い状態に戻したうえでプラッタからデータを読み出します。しかし、物理破壊されたHDDでは事情が大きく異なります。その理由は、HDDが非常に精密な機構によってデータを読み書きしているためです。
プラッタの記録密度
HDDでは、プラッタ表面の微細な磁気状態を利用して「0」と「1」のデジタルデータを記録しています。その記録密度は非常に高く、近年の大容量HDDでは、1平方インチ(約6.45cm²)というわずかな面積に、1兆ビットを超える情報を記録できるほど高密度化しています。1兆ビットは、約1,250億バイト(約125GB)に相当します。つまり、約2.5cm四方ほどの面積に、1枚5MBの写真であれば単純計算で約2万5千枚分にも相当するデータが記録され得ることになります。
さらに、最新のHAMR(熱補助型磁気記録)技術を採用したHDDでは、プラッタ1枚あたり4TBを超える容量も実現されています。このように、一般的な感覚では想像しにくいほど小さな領域に、膨大な量のデータが記録されています。
スピンドルモーター
一般的なHDDでは、プラッタを毎分5,400回転や7,200回転といった高速で回転させながらデータを読み書きします。さらに高速なHDDでは、10,000回転や15,000回転の製品もあります。
磁気ヘッド
HDDの磁気ヘッドは、回転するプラッタの表面からわずか数nm(ナノメートル)という極めて小さな間隔を保ちながら、データを読み書きしています。1nmは100万分の1mmです。この状態は、しばしば「ジャンボジェット機が地面すれすれを高速で飛び続けているようなもの」と例えられるほど、非常に精密な制御によって成り立っています。


引用元:ストレージ ストレージ技術解説 HDD(Hard Disk Drive : ハードディスクドライブ)とは : 富士通
つまりHDDは、
「極めて高密度に記録された磁気情報を、高速回転するプラッタから精密な磁気ヘッドで読み取る」
という仕組みです。
そのため、プラッタに複数の穴を開けて大きく変形させた場合、通常のHDDとして再び回転させ、磁気ヘッドによってデータを読み出すことは極めて困難になります。データ復旧事業者の中には、傷が付いたプラッタからデータを読み出す高度な復旧技術を持つ事業者も存在します。しかし、通常の故障や軽度の損傷からの復旧と、意図的にプラッタを穿孔・変形させたHDDからの復旧とでは、条件が大きく異なります。
プラッタの表面を直接読み取れば復旧できる?
ここまで説明したように、HDDを物理破壊しても、プラッタ上の磁気情報が消えてしまうわけではありません。では、壊れたHDDを動かすのではなく、取り出したプラッタの表面を特殊な装置で直接読み取れば、データを復旧できるのでしょうか?
磁気力顕微鏡(MFM:Magnetic Force Microscope)などを使って、磁性体表面の微細な磁気状態を観察する技術は実際に存在します。しかし、磁気状態を観察できることと、そこから写真や文書などの元のデータを復元できることは別の話です。HDDには非常に高密度でデータが記録されています。
そこから元のデータを復元するためには、単に磁気の状態を見るだけではなく、どの位置にどの順序で記録されていた情報なのかを正確に読み取り、それをデジタルデータとして再構成する必要があります。さらに、物理破壊によってプラッタに穴が開き、変形していれば、記録時の正確な位置関係を保ったまま読み取ることは一層困難になります。
そのため、特殊な装置を使ってプラッタ表面の磁気状態の一部を観察することは可能でも、そこから元のファイルを復元することは極めて困難です。つまり、「データの痕跡が残っている」=「データを復旧できる」ではありません。物理破壊されたHDDの安全性を考えるうえでは、この違いが重要です。

磁気力顕微鏡 (例)ハードディスク表面 漏洩磁界を明暗でイメージング化し、磁界方向を観察
引用元:走査型プローブ顕微鏡(SPM)による分析の概要 – 株式会社UBE科学分析センター
「絶対に復旧できない」と言い切ってよいのか?
情報セキュリティの観点では、「絶対に復旧できない」という表現には注意が必要です。
将来の技術まで含めて、あらゆる手段によるデータ復旧が不可能であることを証明するのは困難だからです。
特に、物理破壊ではプラッタ上の磁気情報そのものを消去しているわけではありません。
そのため、特殊な研究設備を使用してプラッタ表面を解析した場合に、破壊されていない部分から磁気情報の一部を読み取れる可能性まで否定することはできません。したがって、「どのような技術を使っても絶対にデータを復旧できない」と断言することは適切ではありません。
そのため、情報セキュリティに関する規格やガイドラインでは、媒体の種類や情報の機密性に応じて、適切な消去・破壊方法を選択するという考え方が採用されています。では、国家機密など極めて高い機密性の情報を扱うNSAでは、HDDをどのように処理しているのでしょうか。
NSAでは物理破壊だけでは不十分
ここまで説明したように、HDDのプラッタを穿孔・変形させることで、通常の方法によるデータ復旧は極めて困難になります。しかし、国家機密など極めて重要な情報を扱う米国国家安全保障局(NSA)では、さらに厳しい基準を設けています。NSAでは、磁気HDDについて物理破壊だけでは十分なサニタイズとは認めていません。
NSA/CSS Policy Manual 9-12では、HDDを処分する方法の一つとして、
① NSA/CSSのEPL(Evaluated Products List)に掲載されたデガウサーで磁気情報を消去する
② その後、プラッタを物理的に変形させる
という二段階の処理を定めています。
つまり、「磁気情報を消す」ことと「媒体を物理的に壊す」ことの両方を行うわけです。
ここで興味深いのは、NSAがHDD破壊装置に求める破壊方式には、
bending(曲げる)、punching(穿孔する)、waffling(波状に変形させる)
といった方法が含まれていることです。
つまり、穿孔・変形という破壊方法そのものが不十分なのではありません。
NSAが扱うような極めて高い機密性の情報では、物理破壊だけに頼るのではなく、あらかじめデガウスによって磁気情報そのものを消去したうえで、さらに物理的に破壊することを求めているのです。なお、NSAでは別の処理方法として、HDDを規定された細かなサイズまで破砕(Disintegration)する方法も定められています。
求められるセキュリティレベルに応じた方法を選択する
では、HDDの物理破壊だけでは意味がないのでしょうか?もちろん、そのようなことはありません。プラッタを穿孔・変形させることで、通常のHDDとして動作させることが困難になり、一般的なデータ復旧手段による情報の読み出しを大幅に困難にできます。また、「記録媒体を確実に破壊したことを目視で確認できる」ことも物理破壊の大きなメリットです。
一方で、求められるセキュリティレベルは、扱う情報によって異なります。一般的な企業データを廃棄する場合と、国家安全保障に関わる機密情報を廃棄する場合では、求められる処理方法も異なります。重要なのは、「どの方法が絶対に安全か」ということではなく、情報の機密性や運用環境、求められる基準に応じて適切な処理方法を選択することです。物理破壊、データ上書き消去、磁気消去(デガウス)、破砕など、それぞれの特徴を理解したうえで、必要に応じて複数の方法を組み合わせることも重要です。
まとめ
物理破壊したHDDからデータを復旧できるかという問いに対して、単純に「できる」「できない」と答えることは適切ではありません。穿孔・変形による物理破壊では、プラッタ上に磁気情報が残っています。
しかし、
「磁気情報が残っていること」と「そこから元のデータを復旧できること」は別の問題です。
HDDは、極めて高密度に記録された磁気情報を、高速回転するプラッタと精密な磁気ヘッドによって読み取る装置です。プラッタを穿孔・変形させることでこの精密な読み取り機構を使用することが困難になるため、通常の方法によるデータ復旧は極めて困難になります。
一方で、国家機密など、より高いセキュリティレベルが求められる環境では、物理破壊だけに頼らず、磁気消去と物理破壊を組み合わせるなど、求められる基準に応じた処理が必要になります。
株式会社創朋では、物理破壊装置「STORAGE PUNCHER」、磁気消去装置「MagWiper」、データ消去装置「JetEraser」など、さまざまなデータ消去・物理破壊方法をご用意しています。お客様の使用環境や求められるセキュリティレベルに応じて、適切なデータ消去・破壊ソリューションをご提案します。
